◆プログラム
慶應義塾大学東アジア研究所は、韓国政治学会との共催で「国交正常化後の日中韓中関係と東アジア秩序」と題するシンポジウムを開催した。約140名の参加者が訪れ、活発な知的交流の場となった今回のシンポジウムで慶應義塾大学現代韓国研究センターも一翼を担った。
第一セッションのテーマは、対中国交正常化の日韓比較であった。黃載皓教授は中国との国交正常化において、韓国がどのような対中戦略を持っていたのかを説明し、現在の韓中関係の意味を論じた。まず、黃教授は韓国にとって対中国交正常化の意義として、北方外交による統一基盤の構築、自主外交の発揮、朝鮮半島の安保環境の改善、経済的利益を挙げた。そして、中国は韓国との国交正常化を通じて朝鮮半島の安定を維持しようとしたと分析した。
このような歴史分析の上、黃教授は現状の韓中関係について「戦略的協力の同伴関係」という高い水準の協力関係を築いたにも関わらず、その実体は悪化の一路をたどっていると強調した。李明博政権はアメリカとの同盟関係を強化するばかりで、中国との関係には関心を向かなかった。また、天案艦沈没、延平島砲撃など一連の事件をめぐる韓中の対応をみると、両国の協力は事実上、戦術的な側面にとどまった。黃教授によると、北方外交によって韓国はアジアと中国という外交舞台を取り戻したが、李明博政権はそれを活用できなかったという。要するに、この5年間は韓国の対中戦略の空白期であったということである。
このような分析の上、黄教授は、現在の韓国は北方外交の戦略観を再考察しなければならないと主張した。そして、統一基盤の構築はもちろん、北東アジアの安保協力、経済協力の強化、人間の安全保障の領域にまで韓中関係の協力を発展する必要性を提言した。
添谷芳秀教授は、日中国交正常化の課程における両国外交の異質性について報告した。その異質性の例として添谷教授が取り上げたのは、次の四つであった。
まず、二つの中国である。日本は台湾の国際的地位を維持しながら、中国との国交を回復しようとしたが、中国にとって日本の二つの中国政策は台湾独立を支持することとして解釈された。
第二に、反覇権条項である。中国は対ソ戦略の文脈で、日本との国交正常化を捉えており、反覇権条項もその戦略と軌を一つにしていた。ところが、日本にとって中国との国交正常化は中ソ対立の中で中国側を選ぶとの戦略的な意味合いを持たなかった。むしろ、日本は当時の米中ソのお関係の力学から距離を置こうとしたのである。
第三に、尖閣諸島問題である。日本は中国との関係を安定的に発展させるとの考えしか持たなかったが、中国はまずは尖閣問題を争点化し、棚上げする対応を取った。
第四に、経済協力と歴史問題である。日本は中国の経済的成長が中国国内と日中関係の安定につながるとの観点から、中国との経済協力関係を強めた。一方、中国は、日本に経済的な依存度を強める中で、歴史問題を政治的に取り上げ始めた。極端な異質性を象徴する一つの場面である。
このように、両国外交の異質性を指摘しながら、添谷教授は国交正常化の以後、異質性に対する手当を日本は考えなかったと指摘し、中国の台頭が現実問題になってから、日本はそれにどう対応すればいいのかとの発想も手段もないまま、戸惑っていると分析した。
第二セッションは、日韓の対中認識を比較する場であった。金興圭教授は、北東アジアにおける韓中関係の現状が日本の安全保障と日韓関係にどのような意味合いを持つのかについて報告した。
韓中は隣接国であるため、管理の難しさに直面しながら、利益も分かち合う関係にならざるをえないとの冒頭発言で報告を始めた金教授は、まず、韓中関係の現状について、一番高い水準の協力関係を築いていると言われてはいるが、政治的信頼の水準は最低に近いと論じた。詳しくは、中国は親米政権で、北朝鮮の崩壊を前提とした李明博政権の外交が自国の利益を侵害したと思っている反面、韓国は中国が北朝鮮に傾いているとの不満を持っているということである。
そして、金教授は中国内部には自国の台頭をめぐる様々な戦略思考があることを指摘し、それが朝鮮半島政策に反映されると論じた。金融危機の以後、中国では、自国の台頭に見合った発言力を持たなければならないと主張が強まっており、それが中国の次期指導部の主流になりつつある。その分析の上、金教授は、周近平時代の中国は大国の自己認識を持つと強調し、そうではない韓国と北朝鮮が、中国との新しい関係を成立する必要に迫られると論じた。
次に、金教授は東アジアの安保環境と日韓関係について報告した。まず、韓国の現実的な役割は均衡ではなく架橋であると論じた。今後の北東アジア情勢は米中の周期的な協力と葛藤が複合的に展開されるとし、韓国は提米和中の戦略の下で、対米一辺倒を控えながら中国との協力の場を広げる必要があると主張した。そして日韓関係に関して、両国は中国の台頭とアメリカの相対的な衰退という安保環境に直面していると述べた。それは民主主義秩序と市場経済という共通の価値とアメリカとの同盟を通じて、安保と繁栄を遂げた既存のやり方が挑戦を受けていることを意味する。そのような分析の下、金教授は歴史問題でぎくしゃくしながらも、日韓の安保協力の必要性が強まりつつあると主張した。そして、日韓の共通の課題として中国の多様な利害集団への関与、アジア諸国との多国間協力を挙げ、報告を締めくぐった。
工藤泰志代表のテーマは民間レベルでの日中相互認識であった。工藤代表は、日中国民は両国関係が悪化していると認識しており、改善の可能性も低いと思っていることを分析した。工藤代表の分析によると、現在の日本は中国の過剰な自己主張を見て不安を感じる一方、中国は過去の日本を現在の日本と同類に見做しているという。この分析の上、工藤代表は日本と中国の国民の間で直接的な交流が少なく相手国に対する基礎知識が足りない点を問題意識として挙げた。また、だいたいの国民が相手国に関連する情報を自国のメディアで情報を入手しているため、メディアが両国の摩擦と対立をあおる構図になりかねない点も指摘した。
両国国民の認識を示す例として、工藤体表が取り上げたのは、日本の社会体制に対する中国国民の理解であった。日本の極右政治家の発言が中国メディアで報道されることで、中国国民は、日本が軍国主義化していると認識するに至る。また、極右政治化の発言以後、反対意見を含めた多様な論議が日本内で行われないことも、中国国民の対日認識形成に強く働く点も指摘した。
第三セッションでは東アジア秩序の文脈で日中韓関係が議論された。徐承元教授は、日中韓の外交関係をみると、全般的に外交の内政化傾向が強いことを強調した。過去20年間の日中韓関係を(1)韓中国交正常化による韓日中関係の形成(2)失われた「和解」の機会(3)ASEAN経由の東アジア地域主義と日韓和解の始まり(4)小泉政権とアイデンティティ政治(5)日中悪化と韓国との五段階に分けて説明した上、徐教授が、その特徴として挙げたのは、次の三つである。
第一に、日韓の地政学的アイデンティティの収斂である。日米、米韓関係とは時差があるものの、日韓関係の価値同盟化が着実に進んでいる。まだ、軍事安保面での協力の度合いは低く、対中政策をめぐって明確な立場を取っていない点も徐教授は指摘した。
第二に、百家争鳴の地域主義政策である。地域主義は地域安全保障の補完策になり、一国ナショナリズムの衝突を抑制する機能を果たすが、まだ、地域主義のための統合された動きはない。
第三に、アイデンティティ政治が勢いを増している。アイデンティティ政治は外交の内政化として捉えられるが、国家と社会の関係に目を向けるとエリートたちが外交を通してナショナリズムを発散し、国内で自分の政治的資本を確保しようとする動きが、日中韓の三国で共通に見られる。このような分析の上、徐教授はアイデンティティとナショナリズムに訴えて、国家間の問題を解決しようとすればするほど、摩擦が加速し、信頼関係が崩れる恐れがあると警告した。
まず、兪敏浩教授は、中国をめぐる言説は崩壊論と脅威論を経て台頭論という新しき段階に入りつつあるとし、中国の台頭をめぐる論争は、中国が国際秩序にどのような影響を与えるのかを中心に展開されると論じた。そして、中国の台頭と東アジア秩序の関連性に関して、安全保障の面においてはアメリカに依存し、経済的には中国との相互依存関係を強める、いわゆる「二重の構図」が見られる。兪教授は、この二重の構図において、中国への過度な経済的依存が支配の恐怖を引き起こし、ヘッジ戦略をとっていることも強調した。
その後、日中韓の東アジア地域外交の特徴を次のようにまとめた。まず、日本は日米同盟を軸とし、アジア太平洋へ外交領域を広げている。そして、韓国は米韓同盟を中心に反共外交を進めたが、金大中時代からは東アジア地域協力のイニシアティブを発揮しようとした。そして、中国にとって東アジア地域外交の意味合いについて、兪教授はアメリカの一極構造の下でアメリカとの戦争を避けながら、大国として台頭することであるとし、アメリカ排除の衝突が絶えずに働いていると論じた。以上の分析から、兪教授は日中韓の地域秩序構想は非対称的であるものの、重要なのは、三国は地域秩序形成の必要性を強く認識している点であると主張した。
最後に兪教授は、地域秩序構想を支える規範について、報告を行った。まず、日本は経済関係の制度化と人権などの普遍的な価値観に重きを置く反面、中国は内政不干渉と政府の自由裁量の温存を強く主張している。しかし、相違を論じながらも、共通点を指摘するのも兪教授は忘れなかった。日本は自由貿易の一辺倒ではなく、経済への政府介入と体制の多様性を尊重している点から中国の規範と通用する面があるとことを強調した上、日中両国の規範の創造的な接合が必要であると提言した。
*センターによる整理