実施報告
【セミナー】

2012.01.30第十二回セミナー「韓国政治の変化と展望‐金大中政権から15年を迎えて‐」

日 時2012年1月30日(月)
場 所慶應義塾大学三田キャンバス  大学院校舎1階 313号室

 

◆プログラム

報 告: 清水敏行(札幌学院大学)
討 論: 小此木政夫(九州大学)
司 会: 添谷芳秀(慶應義塾大学)

 

札幌学院大学の清水敏行先生を招き、「2012年の韓国政治の変化と展望」を題としてセミナーを開催した。李明博政権の4年間、そして金大中政権の発足後から15年目を迎えて韓国政治は流動化し、過度期を迎えている。このセミナーで清水教授が提示した問題意識は次のとおりである。この15年間で、韓国政治は何を軸として動いていたのか。そして、近年、社会的に話題となっている福祉論争が地域主義に基づく政党構図にどのような変化をもたらすのか。これを読み解くキーワードとして清水教授が提示したのは、「再編成の政治」であった。加えて、上記の韓国政治を象徴する安哲秀(アン∙チョルス)ブームについても分析した。

清水教授はまず、韓国政治の再編成を地域主義と関連付けて分析した。1987年の民主化以降、韓国政治の対立構図は反独裁から地域主義へと移行した。その対立構図は経済的排除、根強い差別、郷里主義を基盤としていた。清水教授によると、「与小野大」国会からもわかるように、このような地域主義による政党政治は大統領の政治的なリーダシップを制約する大きな要因であった。ここで、清水教授が強調したのは、金大中∙盧武鉉政権がその制約を克服する過程で政治の再編成に踏み切った点であった。再編成の政治は社会変動によるものではなく、作為的に行われたということである。

清水教授は金大中∙盧武鉉政権による政治の再編成作業を三つの側面から分析した。第一に、市民運動との連携である。政権が地域主義的な傾向を持っていない市民団体を取り込み、その市民団体が政党に有利な争点で市民運動を展開した。第二の側面は、福祉改革である。その例として、清水教授が挙げたのは金大中政権の国民基礎生活保障法であった。その狙いは中間層と庶民中心の改革的国民政党を目指すことにあった。最後に教授は政党改革の側面に言及した。盧武鉉大統領は参与政治の熱気を結集することで、全国政党を目指し、地域主義を克服しようとした。

清水教授によれば、形は異なるものの、このような再編成の政治は李明博政権にも見出すことができるという。市民運動との連携を見ると、市民社会勢力と連携可能な政党は野党の民主党であり、市民社会勢力も民主党との連携を公然のものとしている。そして、学校給食の無償化のような福祉改革問題が、保守と進歩の対立に取り込まれている。また、野党が求心力を失われている中で、選挙連合、野圏統合が進んでいる。清水教授によれば、形は異なるものの、このような再編成の政治は李明博政権にも見出すことができるという。市民運動との連携を

続いて、清水教授は韓国政治における理念対立を福祉の政治の観点から分析した。まず、社会経済的な争点が主要な争点となっていることを指摘した。米軍装甲車による女子中学生轢死事件、南北首脳会談で頂点に達した反米∙親睦民族主義が象徴しているように、2002年の大統領選挙の焦点は外交∙安保であり、経済的∙社会的問題は二次的争点であった。ところが、近年の韓国政治を見ると、その構図は変化している。野党の民主党は無償給食、無償医療、無償保育、大学授業料の半額化、いわゆる「3+1福祉」政策を表明するなど、左クリックしつつある。李明博政権はこれらの政策構想をポピュリズム、税金爆弾と批判しているが、与党の大統領有力候補である朴槿惠は福祉重視路線を一部受け入れ、李明博政権との差別化を図っている。

注目すべき点は、福祉という経済的∙社会的争点が再編成の基軸になっている点であった。清水教授は韓国社会における福祉論を「縮小維持か拡大か」、「普遍か選別か」という二つの軸を設定して分析した。つまり、「普遍的福祉∙福祉縮小維持」、「普遍的福祉∙福祉拡大」、「選別的福祉∙福祉拡大」、「選別的福祉∙福祉縮小維持」の四つに類型化したのである。この視角を踏まえて、清水教授は、現在の政治状況ではこれらの内のひとつの類型だけでは多数派を確保できないとし、どのような福祉論が政治的な多数派を形成できるのかが、今後の焦点になると論じた。

 次のテーマは「無党派」であった。無党派という表現は2010年頃から頻繁に使われるようになったが、今現在では韓国政治を大きく左右する存在として認知されている。安哲秀ブームと朴元淳のソウル市長当選は、その代表的な例である。清水教授は、この無党派が主にソウルと首都圏に住んでいることから、地域主義に基づく政党政治とは距離を置いていることも指摘した。

清水教授は、これは無党派の台頭の原因が野党第1党の民主党がハンナラ党の離脱者の受け皿となっていない状況を反映していると指摘した。そして、無党派の性向と社会的属性を見ると、まず、若い世代の多さが指摘できる。20~40代が無党派の7割を占めており、50代のハンナラ党支持傾向を鑑みると、無党派は野党もしくは無所属候補の支持者が多いと言える。例えば、ソウル市長選挙において、無党派の多くは朴元淳を支持した。また、無党派は南北関係、安保問題よりも経済的格差の縮小、暮らしの質的改善、経済成長に関心を寄せている。李明博政権に対しては、期待外れであったとの不満が強く、ハンナラ党に対してはその腐敗、無能を批判している。しかし、清水教授は一面的な解釈は避けるべきであると強調した。現在は「反ハンナラ党ムード」が支配的と言われているが、元来、無党派の政治的性向は流動的なものだからである。例えば、無党派は当初盧武鉉政権を支持したにも関わらず、後には「無能な進歩よりも腐敗した保守がましである」と唱えて李明博候補支持に転じた。清水教授は、今の無党派は成長と分配の両方を求めているため、ハンナラ党の支持層にもなりうると分析した。そして、無党派の反ハンナラ党ムードにもかかわらず、既存の与党は無党派の受け皿になっていない点を改めて強調した上で、今後の無党派の動向が政治家と政治の指導力にかかっていると述べた。

それでは、反ハンナラ党ムードが広がっていく中で、民主党はどのようにして国民から信頼を取り戻し、支持を広げようとするのか。清水教授は、野圏との連合という選択肢しか残っていないとし、地方選挙に備えた選挙連合もしくは新党結成による野圏統合の形をとると分析した。金大中∙盧武鉉政権とは異なって、今の民主党は人物での求心力を失っており、市民社会の支持や人物包摂も難しいからである。

清水教授は民主党から民主統合党へのバージョンアップは上記の文脈の中にあるとした上で、次の二点を指摘した。第一に、過去に回帰したという非難を免れない点である。もとの民主党、ウリ党に戻ったとの印象は払えない。第二に、それを克服する方法として、統合進歩党の連合がある。緩やかに結束してひとつの政党になる、いわゆる「民主大連合(Big Tent)」の結成である。しかし、統合進歩党との調和を図るためには、民主党のさらなる左クリックが必要であり、これについて、国民はどう受け止めるのかが問題になる。清水教授は、それが民主党にとって大連合を結成する際のリスクになると強調した。加えて、選挙連合だけでは斬新さに欠けるため、今の民主党はジレンマに置かれていると分析した。

最後に、清水教授は2012年の韓国政治の行方について展望した。まず、一番重要な短期的要因として安哲秀ブームを挙げた。安哲秀個人に関して、清水教授は、韓国国民から道徳性と公共性を兼ね備えたエリートとして認知されており、有力な大統領候補であると論じた。また、現在、蔓延している反ハンナラ党ムードにも共鳴していると述べた。一方で、清水教授は安哲秀の政治的去就について、民主統合党に参加するか否かは不明であるとした。彼の理念は保守、進歩という既存の枠組みでは捉えられず、国民は新しい第三勢力としての台頭することを彼に期待しているからである。

朴槿惠に関しては、李明博政権との差別化が最大の課題であると論じた。具体的には、福祉論争に積極的に加わることで、ハンナラ党につきまとう金持ち政党としての否定的なイメージを払しょくし、選挙戦において主導権を握ることができるのかどうかである。加えて、清水教授は朴槿惠の福祉重視政策がハンナラ党と野党との違いを曖昧にし、結果として、福祉問題が選挙戦において争点とはならなくなる可能性にも触れた。この点は、福祉問題が地域主義と重なる新たな争点になれるのかという問いにも関わっている。清水教授によれば、韓国の理念対立が従来の外交安保の領域を越えて、福祉領域にまで延長するのかどうかという中長期的な問題であるという。この観点から、清水教授は今年実施される二つの選挙が保守と進歩の対立軸を変化させる分岐点になるかもしれないと主張した。

国内正常の争点に触れた後に、清水教授が外部要因として挙げたのは、北朝鮮問題であった。現状では政治論争において国内問題が重視されており、北朝鮮問題への関心は概して低い。しかし、もし北朝鮮からの武力行為が生じた場合、どちらかと言えば朴槿惠に有利に働くという。世論調査によると、交安保問題に関して韓国国民は、朴槿惠に信頼を寄せているからである。そして、何よりも、外交において安哲秀は中道主義を唱えており、北朝鮮の武力行為が発生した場合、そのような中道主義は国内政治論理に埋没する可能性が高いからである。

 

*センターによる整理

 

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