慶應義塾大学東アジア研究所現代韓国研究センターでは、「2012年の日本と韓国」と題するシンポジウムを開催した。 2012年の日韓および東アジアの政治変動を展望し、日韓関係のあり方について熱く議論した。
第1セッション「日韓内政の課題」
第1セッションでは、主に日韓内政の現状と課題を取り扱った。まず、小林良彰教授が昨年3月の大震災と、その後の復興に向けた政府の取り組みについて報告を行った。小林教授は、一般論とは異なり、今次の大震災は想定内であったとの認識を明らかにした。というのも、阪神大震災を受けて文科省が力を入れるようになった地震予測では、宮城沖で地震が起こる確率が高いとの結果が示されていたし、また原発問題に関連した質疑も国会において行われていたからである。つまり、今次の大震災および原発問題はすでに我々が経験していた「即知の危機」であり、天災ではなかったということである。
総合的な観点から、小林教授は今次の震災における日本政府の対応の問題点として、次の三点を指摘した。第一に、中央官僚のエリート主義である。中央の権限を重んじる傾向が、依然として強い。第二に、マニュアル主義である。たとえ現場の現実にそぐわなくともそれに固執し、結果が思わしくない場合にはそれを責任転嫁の材料にしている。第三に、グローバルな視点の欠如である。韓国、台湾などの政府当局は日本政府が発する情報を信頼せず、日本以外の国のメディアから情報を入手しているが、これは日本政府が事態への対処にあたり、世界からの信頼を保つという点を十分意識していなかったためである。
次に、片山義博教授は、地域自治および分権について報告した。片山教授は民主党政権が取り組む「地域主権改革」の眼目が地域における自治の拡大にあるとした上で、その長所として次の二点を挙げた。第一に、住民の高い満足度である。地域について多くの知識を持っている住民が直接に地域を運営すること、住民は高い満足を得られる。第二に、中央政府のスリム化である。日本の中央政府の権限は肥大化しており、身動きがとれない状態にある。地域のことに関する責任を地域に住む住民が持つことで、中央政府は防衛、外交、通商交渉などといった本来果たすべき役割に集中できるようになる。
以上のように積極的に地方分権の必要性を唱える片山教授であったが、その問題点を指摘することも忘れなかった。まず、権限を移譲された地方の自治体が、それを上手く活用できるのかという問題がある。
自治体レベルで有力人事が自分の都合のために、権限を乱用する恐れがあるということである。そこで問われるのは、自治体レベルで自治の精神がどれほど確立しているのかであるが、片山教授は日本の住民自治について依然として脆弱な状態にあると語った。その上で、その克服に向け、移譲された権限の最終的な行使主体である地方議会への信頼を高めるためることが必要であると主張し、その方策の一例として住民投票の実施を挙げた。
韓国側の金明燮教授は、国内∙国際地政学の視角から韓国の政治力学を分析し、2012年の政治情勢を展望した。ここでいう地政学とは、時間、空間、人間の三要素を総合的に捉える概念である。金教授はまず韓国の国内地政学を空間的観点から分析し、南北に分断された朝鮮半島において南に位置する韓国は、さらに東の嶺南と西の湖南、忠清に分れている。その東西区分も政治対立の境界線であると論じた。そしてそのような空間地政学が働いた事例として、2002年第16代大統領選挙を挙げた。金教授によると、湖南で圧勝した盧武鉉が嶺南でも躍進したことが、彼の当選要因であったという。
それでは、時間的要素から見て、韓国の国内地政学をどのように捉えることができるのか。金教授は、近年の韓国社会において朴正熙政権の産業化、独裁に対して再解釈が試みられ、歴史教科書の執筆基準が活発に議論されていることに触れ、韓国現代史上の問題が現実政治の争点になっていると論じた。いわゆる「過去の政治化」である。
続けて、国内地政学における人間の側面について、以下の4点を指摘した。まず、世代間の断層の顕在化である。産業化の主役として富を蓄積した親の世代と、経済危機の中で無力感を募らせる若者世代の間の断層は看過できない。第二に、アイデンティティとしての中間層の減少である。2011年において、自分を下流と認識する人の数は1988年以降の最高値を記録した。第三に、反李明博メンタリティーと反キリスト教メンタリティーの連関である。仏教など非キリスト教勢力は反MB勢力の一角を占めている。第四に、政党間の離合集散である。朴槿惠のハンナラ党をはじめ、民主統合黨、統合進歩黨、進歩新党などが再編に向け活発な動きを見せている。
韓国の国際地政学に関して、金教授は次の三点を指摘した。第一に、文明衝突線としての朝鮮半島の位置である。韓国は国際的な力学の変化に敏感にならざるをえない場所に位置しており、南北の分断状況はその反映である。第二は、「二つの南韓(Two South Korea)」である。冷戦終焉後、コリア反共戦線が解体されたことによって、韓国における反共意識は弱まりつつある。第三に、中国の存在感の増大がある。韓中国交正常化後、中国との貿易、人的交流は著しく増大している。韓国の中国に対する依存度が高くなるにつれ、米韓同盟に対する支持は弱含みとなっている。こうした観点から、金教授は米韓FTAが持つ地政学的意味を強調した。
続いて、 金聖昊教授は、日本と韓国がますます近い国になっているとの指摘から報告を始めた。日本は韓国に比べて三倍の人口、四倍の領土を有する大きな国であるが、経済、政治の面において両国の差は縮まっており、多くの共通点が生まれている。とりわけ重要なのは、以下のような日本と韓国の国是をめぐる論争であり、これはすなわち両国が共に明確な自己アイデンティティを欠いていることに起因しているという。
平和国家と憲法9条に言及しつつ、金教授は日本の自己アイデンティティを次のように分析した。憲法9条は平和国家という日本の国是を象徴するものである。一方、日本社会において自衛隊の合憲性、イラクでのPKOへの参加、改憲の是非は常に論争の的となっている。こうした日本の現状は、憲法9条に表現される平和国家という国是をめぐる様々な解釈と政治力学から生じるという。
次に韓国の国是について金教授は、それを自由民主主義と市場経済であるとする一般的な議論について、以下のような問題を提起した。韓国の憲法4条は北朝鮮との平和的統一を志向すると規定するが、自由民主主義をイギリス、アメリカ式の概念を用いて解釈した場合、それと憲法4条との間には矛盾があるのではないか。また、韓国の初期憲法119条2項は社会正義実現のための国家による民間経済への介入を認めているが、そうであれば、経済の民主化を保障する範囲内で個人の経済生活の自由を保障するという社会主義的要素が、国是の一角を占めているのではないか。この議論について、金教授は産業化と国際貿易で発展を遂げたという韓国の現実に鑑みて限界があるとしつつ、一方で大企業への過剰依存を鑑みて再考する必要があるという意見があることも紹介した。
第2セッション「東アジアの中の日韓」
第2セッションにおいては、近年の東アジア情勢と日韓協力の在り方について議論が行われた。まず延世側の崔教授は文化交流、経済的相互依存を深めているにもかかわらず、軋轢を繰り返してきた日本と韓国の関係の特殊性への注意を喚起した上で、両国がこれを克服し、協力関係を築くことが北東アジア秩序形成のカギとなると強調した。また、日韓の間に横たわるのが領土問題、歴史問題といった両国の自己アイデンティティに関わっている問題であるだけに、今後の日韓協力の深化に向け、地域アイデンティティの形成が重要となると論じた。そして、日韓関係における共通のアイデンティティの欠如は、「制度化と地域主義を伴わない地域化」としての北東アジアの現状と軌を一つにしていると付言した。
このような分析に基づき崔教授は、台頭する中国を前に日本と韓国が共通の問題意識の下で緊密に連携し対処していく必要があると述べた。仲介者としての日本と韓国の役割を強調し、これが米中の狭間で日韓が持つべき共通のアイデンティティとなると明言した。最後に、日本社会で活発に議論されている対中脅威論について、崔教授はこうした議論は自己予言的な性格があるとし、日本は地域国家として、より普遍的な観点からリーダの枠割を果たさなければならないと主張した。
添谷芳秀教授のテーマは東アジアの情勢変化における日韓協力の位置付けであった。東アジア秩序の中での日韓関係の重要性を強調した添谷教授はとりわけ韓国の外交戦略にとって日本ファクターはその重要性を増していると述べた。米中ロ日の四ヵ国の中で韓国と一番問題意識を共有している国家が、日本であるからである。日韓協力の潜在性を最大限に引き出すためにも両国関係へのアプローチを転換する必要性を訴えた添谷教授は、日本の外交戦略について、どの国々といかなる協力関係を築くのかという発想を大前提とすべきであり、この文脈で韓国との関係を捉えなければならないと主張した。もっぱらの衝動としての対中脅威論は政府の政策として形になりえず、また中国と相互依存を深めている他の国々はそのような姿勢を受け入れないという。
続いて、添谷教授は中国の台頭、アメリカのアジア太平洋シフトを中心に東アジア情勢を分析した。近年の中国の内向きのナショナリズムが、伝統的な権力政治、軍事力の観点から他国との問題を判断する傾向を強めているとし、既存の「自由で開かれた国際秩序」との衝突を起こす可能性を孕んでいると述べた。その上で、中国の台頭は「既存の国際秩序」の枠内で、その恩恵を受ける形でなされているという中国にとってのジレンマを指摘し、中国を望ましい方向に向かわせるにあたって、日韓の協力が必要であるとした。アメリカの政策に関しては、イラクからの撤退を受けてアメリカの世界からの撤退を懸念する向きもあるとしつつ、近年アメリカがアジア太平洋を戦略上重視する旨を強調していることを指摘した。添谷教授によると、オバマ政権の動きには中国ファクターと同時に、脱ブッシュ政策としての側面も作用しているという。以上の分析に基づき、添谷教授は日本と韓国が中国の台頭、アメリカの政策転換をどう理解し、どのような立場をとるのか、米中の狭間でどのような協力できるのかということを明確にしなければならないと主張し、報告を締め括った。
日韓関係の次に中朝関係および金日一の死去など北朝鮮の展望について報告が行われた。国分良成教授は金正日の死去を受けての、中国の対北朝鮮政策と関係諸国の対応について報告を行った。まず北朝鮮に対する中国の影響力について、これを正確に評価することは非常に難しいと論じた。北朝鮮はこれまで中国に対する自主性を維持してきており、また中韓国交正常化以降、中朝関係は硬軟両面を見せてきたからである。その上で国分教授は、近年北朝鮮が対中依存を強めている点に関し、こうした両国関係の再調整の背景にはアメリカのヘゲモニーの衰退があると分析した。
中国の対北朝鮮政策の基調として「現状維持」、「影響力の確保」、「改革開放への誘導」の三つを指摘した国分教授は、金正日の健康問題が浮上してきて以降、中国は様々なシナリオを検討し、対応策を模索してきたと論じた。
特に国分教授が強調したのは、北朝鮮の現状は中国にとって大きな負担である反面、機会でもあるということであった。つまり、米中摩擦、南シナ海問題などで悪化しつつある中国の対外環境に鑑みて、北朝鮮問題における対応が、国際社会における自国の役割についての中国の姿勢をはかる試金石になっているということである。以上の分析を踏まえ、国分教授は野田総理の訪中について、金正日死去後初めてとなる首脳の訪中であるだけに、中国の対応が注目されると論じた。
国分教授の報告の後、文世仁教授は北朝鮮の体制問題と今後の展望を中心に報告を行った。文教授はまず、金正日死去後の北朝鮮について、体制崩壊の可能性がまったくないわけではないが、後継者金正恩を中心に安定を取り戻すであろうと予測し、その根拠として次の三点を挙げた。第一に、北朝鮮の唯一体制である。北朝鮮は金日成が築いた国家である。既得権層への求心力ともなるその家系が今後も北朝鮮を主導することは間違いない。第二に、金正恩の権力基盤の強固さである。金正恩の周りを強力な支援者が取り巻いている。また、先軍政治の期間中無視されてきた朝鮮労働党が地位を回復し、金正恩が属する政治局がその中心的役割を担っている。何よりも、北朝鮮軍部も金正恩への忠誠を誓っている。第三に、元老による集団体制である。革命第一世代を中心に役割分担が明確になっており、政策の一貫性を維持しやすい。
このように北朝鮮体制が持続されるとの見解を示した上で文教授は、北朝鮮が改革、開放の道を歩むであろうと展望した。金正日は強盛大国というスローガンの下、核兵器保有を目指した。金正日の遺訓を引き継ぐ金正恩に残された課題は経済の再建であり、そのためには改革、開放が欠かせないからである。
最後に、文教授は今後の北朝鮮をめぐる国際情勢と韓国の対応について分析を行った。金正恩の後継体制の安定化に向け、米中はすでに北朝鮮との対話と接触を模索しているとした上で、このような状況は韓国にとって北朝鮮との関係改善を図る機会であると論じた。そして、李明博政権は強硬政策から脱し、発想の転換に踏み切るべきであると主張した。
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