実施報告
【セミナー】

2011.10.07第十一回定例セミナー「検証『日韓産業競争力』」

日 時2011年10月7日(金) 17:30〜19:00
場 所慶應義塾大学三田キャンパス 南館地下4階「ディスタンスラーニングルーム」

 

◆プログラム

報 告: 深川由起子(早稲田大学)
討 論: 小此木政夫(九州大学)
司 会: 添谷芳秀(慶應義塾大学)

 

早稲田大学の深川由起子教授を招き、『検証「日韓産業競争力」』を題として第11回のセミナーを開催した。セミナーの趣旨は、韓国経済について環境∙政策面と経営面の二つの視点から分析した上で日韓の産業競争力を総合的に比較検討し、問題点と教訓を明らかにすることであった。

深川教授は、2000年代に入ってから韓国経済が潜在成長率を越える高いパフォーマンスを示している点を指摘した上で、その特徴として次の三点を指摘した。第一に、特定の大企業が韓国全体の経済を牽引している。第二に、韓国経済は成長率よりも収益の高さが顕著である。97年の通貨危機以前は大企業が高い負債率とマーケットシェアの拡大を目指す経営方針を採っていたことに鑑みれば、これはが劇的な変化である。第三に、韓国経済が2008年のリーマンショックから一早く回復したことである。これは、日本の大企業がショック以後、低成長∙低収益に甘んじてきたこととは対照的である。

続いて深川教授は、韓国企業が一早く危機を克服しえた要因として、欧米市場におけるバブルの崩壊が、特有のスピード経営を生かして新興市場を積極的に攻略してきた韓国企業の戦略的有効性を高めたことを指摘した。また、技術開発を重視する日本企業とは異なり、韓国は顧客原理主義を打ち出したこと、オーナーの早い判断を可能とするために個人判断のリスクを許容できる経営システムを構築したことも、韓国企業の競争力を高めたという。

次に、深川教授は韓国企業に対する日本内でのコンセンサスとして、まず、韓国企業の収益優先主義を取り上げた。具体的には、収益性の低い部品∙素材部分の供給を思い切って日本に依存している点が典型的であり、それによって、しがらみなき調達構造を構築し、市場と収益の流れに素早く反応することが可能になっているという。また、手厚い政府支援、国内市場の産業再編による収益の確保なども韓国企業の特徴として広く認知されているという。

その後、深川教授は韓国経済に関する一般論を取り上げ、その議論の整合性について疑問点を提示した。まず、日本ではウォン安という為替レート―に基づいて韓国企業の競争力を論じる傾向を指摘した上で、韓国企業が躍進しはじめたのは円に対してウォンが高かった2004年から08年の間であった点への注意を喚起し、そのような議論に対して慎重な姿勢を見せた。また、韓国は日本の技術力に追いつかないという論議についても、特許申請数の統計を示しつつ韓国は日本、ドイツの水準までには及ばないものの、高い技術力を持っていると分析した。

環境∙政策面に関して、深川教授は、経済への政府介入とFTAに主な焦点を当て、分析を行った。通貨危機を境に、新自由主義を積極的に導入してきた韓国では、近年政府の介入が正当化されているようになったという。特に、深川教授が強調したのは、韓国のFTA政策であった。韓国はアメリカ、EUなどとのFTA締結を目指しているが、実現すれば締結されると輸入の8割を占めるようになり、世界市場で日本は関税面においてハンディキャップを負うことになると分析した。さらに、中韓FTAが実現すると、中国の高い関税を前に、日本企業は韓国企業に対して著しく苦しい立場に置かれると警鐘を鳴らした。

次に深川教授は韓国経済の強みをミクロの視点から分析すべく、韓国企業の経営戦略に着目し、その特徴として以下の点を強調した。第一に、経済的合理性に基づいて素材部品の供給源として日本への依存と企業内の垂直的統合を通じての特定部品の国産化である。第二に、モノ作りの分野では日本の現場主義を充実に導入しつつ、マーケティング、広報などの専門マネジメントにも積極的に取り組むという、いわゆる日米ハイブリッド型の企業経営である。第三に、一部の分野へ集中的に投資を行い、そこで得た収益で人材、技術を獲得して他の分野へ投資するやり方を続けており、ますます洗練されていることである。要するに、日本企業の弱さと韓国企業の強さをセットになっているということである。このような議論に基づいて、深川教授は日本企業への教訓として技術ドライブ時代の終焉を自覚すべきであり、守るべき知識とオープンにすべき知識を明確に区別し、経営支援をグローバル化して多様化を図る必要はあるとの提言がなされた。

以上のように韓国経済の強みを分析した上で、深川教授は視点を変えて韓国経済の脆弱性についても分析を行った。まず、韓国は生産技術はキャッチアップしているものの、依然として後発者の地位を脱してきれておらず、独自のアイコンを確保できていない。そのような事情が中国の大量生産能力と相まってサンドイッチ構造を生みだしているという。また、韓国国内に目を向けると、極端な輸入路線と家計の国内負債のため、国内消費が増えない構造である。しかも、製造業の就業率は減る一方で、高付加価値のサービス産業は見せていないため、無職者の低付加価値の産業への沈殿を招いてるという。

最後に深川教授は日韓経済関係に焦点を移し、以下の政策提言で報告を締め括った。第一に、日韓の垂直統合の時代は終焉しており、競争ではなくお互いに政策協調が必要とされている。第二に、雇用を増やすためにもベンチャー企業の活性化と人的資源の共通利用に向けた日韓間での制度整備を進める必要がある。とりわけ、日本企業は韓国企業の知識を活用できるようにオープン戦略を取り入れ、日本政府はFTA、経済連携なによる対外環境を整備に取り組むべきである。

深川教授の報告の後、小此木政夫教授が討論者として論議を行った。小此木教授は日本の弱さが韓国の強さであるとの深川教授の分析に共感を示し、対日競争力を確保した韓国の洞察力を評価した。その上で、小此木教授は欧米の金融危機についてこれは日本の失われた10年と同じ現像であり、「世界の日本化現象」であると称した上で、韓国にも同じことが起こる可能性があると述べた。雇用なき成長、格差、社会福祉問題、物価の高騰など韓国の弱さが露骨に出る可能性があり、来年の大統領選挙と相まって李明博政権は難しい局面に追い込まれる可能性を示唆した。

 

*センターによる整理

 

 

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