◆プログラム
日韓両首脳の合意により始まった「日韓新時代共同研究プロジェクト」の報告書「『日韓新時代』のための提言-共生のための複合ネットワーク構築-」が、2010年10月22日に発表された。同報告書の作成に参加したプロジェクト委員会メンバーを招き、今後の日韓協力のあり方について議論を深めた。ここでは、主に報告書をもとに議論が行われた、第1セッション「新時代のための『複合共生ネットワーク』」を中心に紹介する。
最初に、日本側の委員長である小此木政夫(慶應大学)教授と韓国側の委員長である河英善(ソウル大学)教授からの挨拶及び基調報告が行われた。小此木委員長は、本報告書の意義について次の三つをあげた。第1に日韓パートナーシップ宣言(1998年10月)の際に採択された、日韓共同アクションプラン以来、未来向けの研究として行われた点、第2に国際的な視野の中で日韓関係を考えていく試みであった点、第3に日韓双方の意見が一致した内容構成になっている点を指摘した。続いて河英善委員長は、基調報告を通して、同報告書が100年先を視野に入れて作成されたことを明らかにした。その上で、東アジアの秩序に対する勢力均衡的な発想や東アジア共同体という理想主義的な発想を同時に克服するキーワード「複合共生ネットワーク」を提示した。そして、国際政治・経済において本報告書の持つ意義を次の三つにまとめた。第1に、行為主体の側面で、中国の台頭や国家以外のアクターと「共生」する道を如何に探るかに重点を置いた。第2に、各行為者が活動する舞台や秩序の側面で、既存の政治・経済・軍事中心から、文化・環境・科学技術・グローバルガバナンスといった複合的な関係を体系的に形成していくことである。第3に活動形態の側面で、日韓はどのように行動するかについて提言がなされたことである。将来においては、近代国際秩序における葛藤や競争ではなく、またポスト冷戦期に強調された協力とも異なる、「共生」という複合的な形態を描き出すことであると河委員長は強調した。
第1セッションでは、「国際政治ネットワーク」と「国際経済ネットワーク」の順に報告が行われた。「国際政治ネットワーク」の日本側の分科委員長である中西寛(京都大学)教授は、日韓両国は自由民主主義と市場経済、法の支配といった西洋的で普遍的な価値とアジアの文化的伝統が共有可能な社会であるとした。そして、これらを日韓両国が広めていくことが望ましいと述べた。日韓は北朝鮮の非核化を共同目標としており、中長期的には北朝鮮を復合共生ネットワークに引き込んでいくことに利益を共有している。近い将来日韓が同盟を結ぶ可能性は低いが、北朝鮮と中国を望ましい方向に向かわせるために安全保障面からの協力を拡大することが重要であるとの見解を示した。また、総合安全保障の観点で代替エネルギー開発や技術分野での協力を拡大し、ODAとPKO、非核政策などで協力が可能であると指摘した。
次に韓国側の全在晟(ソウル大学)教授は、北朝鮮や中国をめぐる日韓の協力は制限されている反面、グローバルな協力の空間は広がっていると述べた。安全保障ネットワークの意味合いが強い、21世紀型の同盟概念をもとに人間の安全保障、経済、社会交流につながる包括的な安全保障概念の設定や特定の国を除外しない新しい形態の同盟が必要であると主張した。日韓において人間の安全保障や国際安保協力は、歴史のしがらみがなく、比較的容易に協力ができる。より制度化された形態での活動、国際安保レジームなどの規範的領域にもその協力の範囲を広げる議論と努力が必要であると提起した。
「国際経済ネットワーク」においては、深川由起子(早稲田大学)教授が日本側の分科委員長であり、報告書作成にあたっては通商、金融、開発援助を中心に議論展開したと述べた。まず通商において両国の製造業の競争力をアジアの成長基盤とすべきであると提言した。委員会ではこれらをアジアの成長における公共財として提供することへの共感が得られたと明かした。次に最近FTA締結そのものが目的化していると指摘した。先にどれだけのFTAを結ぶかではなく、成長戦略の一環として推進すべきであるとの提案がなされた。次に金融や知的貢献の部分においては、ルールのイノベーション、透明性、開放性において方向性が一致していると述べた。最後に開発援助に関しては、将来北朝鮮の国際社会への復帰を見通して協力を考える議論がなされた。日韓両国は技術力や工業力の発展を重視していることから、北朝鮮への開発援助のやり方においては、一致しているところが多いとの指摘もなされた。続いて韓国側の分科委員長鄭永祿(ソウル大学)教授は、中国の台頭をどのように解釈し、共同対応していくべきかについて行われた議論を中心に報告した。鄭教授は中国の台頭が東アジアにおける経済秩序の変化を意味すると位置づけた上で、日韓、ひいては日中韓がどのように協力できるかが重要であると指摘した。重商主義を克服し、弱い域外の経済への金融や援助をどのように推進していくかに議論が集中したと明かした。最後に鄭教授は今直面している課題に協力できなければ、過去も克服できないと指摘して両国の協力関係構築の重要性を強調した。
同報告書について、外部から招いた3人のコメンテーターによる討論も行われた。まず渡辺利夫(拓殖大学)総長は、日韓安保協力の土台となる日米同盟や米韓同盟を劣化させることは避けるべきであると報告書で言及したほうがよかったのではないかと指摘した。日韓がともに米国との同盟によって安全保障を確保している以上、同盟劣化が中国の自己主張や北朝鮮の挑発を招いてしまった可能性があるからである。また、日韓FTAやODAに関する政策提言については、それぞれを政策化するにおいてネガティブな要因をいかに抑制し、ポジティブな要因をいかに活用していくかが言及されたのであれば、政策へのインパクトがより大きかったのではないかと述べた。渡辺総長は、個人的な提言として日韓提携型ODA政策の推進をあげた。両国が第3国でそれぞれの強みを活かしながら一緒に汗を流すことによって協力関係が深まるだろうと、その意義を提示した。次に、五百旗頭真(防衛大学校)校長は、戦後アジアの発展と現状をふまえながら、日韓協力を位置付けた。特に中国に対する対応は日韓共通の課題であるとした上で、権力政治のモデルは通用しないことを日韓が明確に示す必要があると強調した。その一方で時間を要するものであるが、相互依存モデルを強化して中国や北朝鮮と信頼関係を構築していくことが重要であると述べた。最後に北岡伸一(東京大)教授は、まず国連代表部次席大使を務めた経験をもとに、国連における日韓協力について言及した。人権や民主主義問題、北朝鮮の挑発において日韓は共同歩調を取っている事例を紹介した上で、今後援助やPKOにおける協力が進められれば、相手は脅威ではなく尊敬できるパートナーであることを相互学習できるようになり、さらに協力の領域が広がると見通した。また、北朝鮮の挑発が今より激しくなれば、どのように対応するかに対する議論を含め、レジームチェンジや韓国主導の統一における様々な問題に対する対応を本格的に議論すべき時期に来ていると強調した。
*センターによる整理