2016.06.18センター長挨拶

 

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慶應義塾大学 法学部教授 西野純也

 

センター長就任にあたって

慶應義塾大学現代韓国研究センターは、2009年2月に韓国国際交流財団、国際交流基金(日本)の支援を受けて開所記念シンポジウムを行って以来、持続的に研究プロジェクト、シンポジウム、セミナー、研究会を開催してきており、本年で活動8年目を迎えました。これまで、日本における朝鮮半島研究の拠点のひとつを形成する、日韓間に学術研究交流のための知的コミュニティーを形成する、との目標を着実に実現してきたと自負しています。

 

2016年4月より現代韓国研究センター長の重責を引き受けましたが、センター設立以来、副センター長としてプロジェクトの企画、運営を担ってきましたので、これからも引き続きセンターのさらなる発展に努めていく所存です。今後は、センター長として、韓国をはじめ海外で慶應義塾大学現代韓国研究センターの活動をより積極的に広報するとともに、国際的共同研究プロジェクトを通じて海外の朝鮮半島研究者や研究機関とのネットワークの構築を進めていきたいと考えています。

慶應義塾大学現代韓国研究センターの特徴と長所

まず第1に、朝鮮半島研究の伝統があります。慶應義塾大学は、1858年に創立された150年以上の歴史をもつ伝統ある教育・研究機関です。慶應義塾は設立当初から、朝鮮半島からの留学生を数多く受けいれるなど、韓国・朝鮮と深い関係を結んできましたし、朝鮮半島や中国など東アジア研究の分野で高い評価を受けてきました。現在は、東アジア研究所の中に、現代韓国研究センターと現代中国研究センターを併設して、朝鮮半島を含む東アジア地域を包括的かつ深く掘り下げて研究する体制を整えています。

第2に、学術的な関心はもちろん、現在の朝鮮半島が抱えるさまざまな現代的課題について高い問題意識を持って研究活動を行ってきました。当センターではこれまで、韓国の政治・社会問題、北朝鮮の政治体制や核開発問題、東アジアの安全保障などに関して、国内外の研究者が参加する国際共同研究プロジェクトを実施してきました。その主要研究成果は、『転換期の東アジアと北朝鮮問題』、『韓国の少子高齢化と格差社会』、『日韓政治制度比較』という学術書籍にまとめ出版しました。

第3に、主要研究領域として、政治・外交、国際関係、経済・経営、社会・文化を取り上げ、社会科学的方法による研究を行ってきました。従来、日本の朝鮮半島研究が得意としてきた、言語や歴史といった人文系分野の研究蓄積を活用しつつ、現代的な課題を社会科学的アプローチによって分析しています。

 

第4に、朝鮮半島が「分断国家」であり「停戦協定体制」にあるという現実認識から出発する必要性を常に念頭において研究活動を行っています。朝鮮半島の現代的課題、特に政治、外交、安保問題を理解するためには、韓国だけでなく北朝鮮に対する分析が不可欠だからです。当センター設立以前から、慶應義塾大学では、冷戦下のイデオロギー対立の中で研究が容易ではなかった北朝鮮の政治・社会体制の研究に早くから取り組み、成果を上げてきました。現在は、北朝鮮核問題など朝鮮半島を取り巻く国際関係の解明にも力を入れています。

第5に、慶應義塾大学現代韓国研究センターは、朝鮮半島研究の「開かれた拠点」となっています。慶應義塾だけでなく、広く国内外の研究・教育機関と提携して、国際的な学術交流と研究協力のためのネットワークを構築しています。また、社会的にも開かれたセンターとして、公開シンポジウム、セミナー、研究会を数多く実施してきました。これからも引き続き、開かれたセンターとして多くの方々に関心を持ってもらえる存在となるよう努めてまいります。

日本の朝鮮半島研究のさらなる発展のために

日本の朝鮮半島研究は、世界の中でもきわめて研究の質が高いと考えています。ただ、多くの研究成果は日本語で発表されており、海外への発信力が十分であったとはいえません。今後は、日本語だけでなく、韓国語・朝鮮語、さらには英語による研究の実施と成果発表をより意識的に行っていくことが望ましいでしょう。また、国際共同研究プロジェクトを積極的に組織し、海外研究者とのネットワークを構築しながら、その中で研究成果をアピールしていくことも必要です。当センターは、日本だけでなく世界における朝鮮半島研究の拠点のひとつとして、研究活動やその成果を広く発信していきます。

今後の活動計画について

2016年秋から、当センターは韓国国際国流財団と共に、「日韓未来ビジョン協力プロジェクト」を実施します。日韓両国が抱える共通課題(東アジア地域安全保障、高齢化や格差などの社会・経済問題など)を専攻する両国の研究者間のネットワーク構築を通じて、相互理解を深め、日韓協力の新しい形を提示することを目指します。2015年に日韓国交正常化50周年を迎えたことを踏まえ、日韓関係の持続可能な発展のための学術的、政策的基盤をより確かなものにすべきべきであるとの点で、韓国国際交流財団と認識を共にしました。当センターは日韓学術交流の拠点として、このプロジェクトの実施を通じて日韓の知的コミュニティー形成を一層進め、これまでのセンターの取り組みをより実りあるものにしていきます。これまで以上に、当センターへのご関心と暖かいご支援をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

 

 

※2016年8月に行われた韓国国際交流財団とのインタビューをもとに構成。韓国語版要旨は『KF NEWLETTER』2016年9月号に掲載された。

 

アーカイブ

    • センター長挨拶・添谷芳秀(2011年4月1日)

      この度、小此木政夫初代センター長(現慶應義塾大学名誉教授)の後を継ぐことになりました。前任者が偉大すぎるために、重荷を通り越して一種あきらめの境地に立った心境です。ましてや、韓国・朝鮮研究の専門家ではありませんので、いい意味で開き直って、この重責を果たさせていただく所存です。

      しかし同時に、何らかの因果を感じないわけではありません。もう30年以上も前のことになりますが、大学学部時代の卒業論文のテーマは「朝鮮半島の分断をもたらした要因の考察」でした。そのころ初めてハングル文字を学び、戒厳令下の韓国へ一人旅にでかけたりもしました。大学院の修士論文では、「アメリカの朝鮮政策―1945〜1950」と題する研究に取り組みました。その後米国のミシガン大学に留学した際には、中国の朝鮮戦争への介入に関する研究で有名なアレン・ホワイティング教授の下で、朝鮮半島をめぐる国際政治について研究を深めるつもりでした(その後紆余曲折を経て、日本の対中外交の研究で博士号を取得することになりましたが・・・)。

      慶應義塾大学に奉職してから、そろそろ25年になろうとしています。慶應義塾の創始者福澤諭吉先生が義塾の興隆期に注目されたのが朝鮮半島であり、日韓連携を望みその開明派の知識人と知的な交流を深められたことは周知のとおりです。開国後の世界の荒波にもまれる当時の日本にとって、朝鮮半島が最も重要な地域として立ち現われたことはむしろ当然でした。そして、今再び、福澤先生が築かれた慶應義塾の伝統に導かれているように感じます。

      今や日韓両国は、実質的に対等なパートナーです。朝鮮半島の将来、そして台頭する中国を軸とする東アジアの国際秩序の姿は、日韓関係の在り方によって決定的に左右されることになるはずです。日本にとっても、そして韓国にとっても、今後の外交戦略は、日韓関係を基軸にした体系を備えるべきであるとすら考えます。しばしば両国関係発展の障害となる歴史問題に関する研究と対話も、そうした未来像を起点にした発想に立った新しいアプローチを必要としているともいえそうです。

      前任の小此木政夫センター長の卓越したご指導により、当センターは日韓学術交流の拠点となり、日韓間の知的コミュニティーの形成を促進してきました。今後もその努力を継続するとともに、とりわけ、日韓を軸とした第三国や他地域との共同研究と対話の拡大に力を入れたいと考えています。引き続き、厳しいご指導と暖かいご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

    • センター長挨拶・小此木政夫(2009年2月5日)

      本日(2009年2月5日)は、現代韓国研究センターの開所記念シンポジウムのために、各大学や研究所のみならず、外務省、在京大使館、国際交流機関、メディア、企業から、そして学生諸君など、多数の皆様にご参集いただきました。まことに有難うございます。

      とりわけ、当センターの開所や研究プロジェクトに多大な支援をいただく韓国国際交流財団の任晟準理事長、このシンポジウムの共同の後援者である国際交流基金の小倉和夫理事長、崔相龍高麗大学名誉教授・元駐日韓国大使そして日本国際交流センターの山本正理事長に御臨席いただきましたことは、我々が最も光栄とするところであり、心から御礼を申し上げます。

      慶應義塾大学はいまから150年前に、福澤諭吉先生が創立された日本で最初の近代的総合学塾でございます。福澤が当時の朝鮮に深い関心をもち、開化派の知識人と深い交流を持ったことはよく知られていますが、そのような歴史に支えられて、慶應義塾大学は今日も日本における東アジア研究の拠点の一つになっております。韓国・朝鮮研究も例外ではありません。

      慶應義塾大学の韓国・朝鮮研究は実に多彩であります。例えば言語学の渡邊吉鎔、近代日朝関係史の田代和生、文化人類学の野村伸一、経営史の柳町功、法律学の太田達也、そして政治学では私の他に韓国政治研究の西野純也と北朝鮮政治研究の礒崎敦仁の二人の若手研究者が熱心に研究に従事しております。本日総合司会を担当している添谷芳秀も日本外交の専門ながら、朝鮮半島との外交関係に深い関心を抱いております。また、経済学は地域を超える広がりを持つ学問分野ですが、それでも、木村福成や本日セッション3で登場する竹森俊平などが、やはり韓国に深い関心をもって、韓国の研究者と積極的に交流しております。その他、慶應義塾大学で研鑽を積み、他の機関に所属する研究者や実務家は枚挙の暇もございません。

      率直に申し上げて、新しく誕生する現代韓国研究センターは慶應義塾大学に韓国・朝鮮研究の一つの拠点を形成することを目指しております。現代韓国・朝鮮の政治・外交、経済・経営、社会などに関する研究プロジェクトを運営したり、その時々のトピックを取り上げるセミナーや講演会を企画したりしたいと考えております。

      しかし、福澤先生が我々に教えたのは、「社会の先導者」たることであって、独善に陥ることではありません。慶應義塾創立150年のスローガンも「独立と協生」であります。その意味で、第一に、我々は新しく発足する研究センターができる限り社会的に「開放された拠点」であることを願っております。センターの開所に先立って、本日、このように公開シンポジウムを開催するのも、そのような考えに基づいております。

      また、第二に、我々は研究センターを日韓学術交流の拠点にして、日韓間に知的コミュニティーを形成するために努力したいと考えております。我々にとって最も重要なのは日韓の知的対話であり、共通の未来を形成するための絆であると信じるからであります。150年前に福澤が理想としたのも、そのようなことであったと確信しております。

      新しい研究センターの開所ということで、私の挨拶もやや格調が高くなったかもしれません。しかし、研究センター開所に当たってあえて申し上げるならば、私はこの研究センターをぜひ「志の高い」研究拠点にしたいと考えております。

      これは数年にして達成できる目標ではありませんし、我々だけの努力で達成できる目標でもありません。ぜひここにご参集の皆様のご支援とご協力をいただきたく存じます。

      本日は、慶應義塾大学東アジア研究所現代韓国研究センターの開所記念シンポジウムに参加いただき、まことにありがとうございます。

      ※2009年2月5日の開所記念シンポジウムでの挨拶