2010.02.26サッチャー、ミッテランと朝鮮統一を語る

 1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊してから正確に20年が経過し、それを回想する特集記事が世界中のマスメディアをにぎわした。そこで再び紹介されたのが、ドイツ統一に対するサッチャー英首相の警戒心である。彼女は統一ドイツがヨーロッパ最大の政治、経済大国となり、それに東欧諸国が従属することを恐れて、核保有国である英仏が団結すべきであると主張したのである。しかし、新たにフランス政府が公開した外交文書によれば、ミッテラン大統領はサッチャーの主張に同調しなかった。彼はドイツ統一を支援する代償として、共通通貨の導入など、ドイツに欧州統合への協力を要求したとされる(『毎日新聞』、11月8日)。サッチャーは欧州安定のためにドイツ統一に反対したが、ミッテランは欧州統合のなかでドイツ統一を実現しようとしたのである。
 もちろん、サッチャーの警戒心にはそれなりの理由がある。事実、国際政治についての標準的なテキスト(ジョセフ・ナイ『国際紛争』、有斐閣)は、第1次世界大戦勃発の要因をドイツの強大化に起因するシステム・レベルでの変化や同盟関係の硬直化によって説明している。また、「ヒトラーの戦争」という単純化を含めて、第2次世界大戦は明らかに第1次世界大戦の第2幕としての性質をもっていたと指摘する。言い換えれば、第1次世界大戦によってドイツ問題が解決されなかったことが、第2次世界大戦の原因になったのである。そのような観点から見れば、第2次大戦戦後のヨーロッパ安定を保障したのは、ドイツ分割にほかならない。他方、独仏和解と欧州統合の前進も、冷戦終結後のドイツ統一が新しい脅威の源泉となることを防止した。そのような意味で、サッチャーとミッテランの論争は象徴的なのである。

しかし、東アジアは大きく異なる。日清戦争(1894~95年)と日露戦争(1904~05年)の例に見られるように中華帝国のパワーの衰退や弱体化した朝鮮王朝が東アジアのシステム・レベルの変化の源泉となり、ロシアや日本の野心を刺激した。日本の指導者たちは、自ら「大陸国家」として発展しようとしたり、ロシアによる朝鮮支配を自らの安全に対する脅威と認識したりして、朝鮮半島に軍事的影響力を拡大し、やがてそれを併合したである。これは100年前のことにすぎない。また、ドイツとは異なって、第2次世界大戦後の分割された朝鮮半島は、東アジアに平和をもたらさなかった。カイロ宣言で朝鮮の「自由と独立」を約束した米国は、それを守るために38度線以南の朝鮮に大韓民国を樹立し、やがて南下する共産主義勢力との大戦争に突入せざるをえなかったのである。
 朝鮮戦争が日本の経済復興の契機となったことは否定できない。しかし、休戦後も、日本の政治指導者は共産主義勢力が再び朝鮮半島を南下し、釜山に到達する可能性を恐れ続けた。それが「釜山赤旗」論である。李庭植教授が早くから指摘したように、そのような観点から、岸信介元首相は朴正煕将軍のクーデタを歓迎したし、これを「自由韓国」が存続する最後の機会として認識したのである。岸ほどではないが、池田首相、小坂外相、河野農林相など、池田政権の有力閣僚も日韓条約の締結を急いだ。彼らも日韓関係正常化とそれに伴う経済協力の提供が韓国の政治的安定を強化し、それが日本の安全保障を促進すると考えたのである。1961年6月に訪米した池田首相は、そのような考えをケネディ大統領に率直に表明し、その同意を獲得した(李庭植『戦後日韓関係史』)。
 しかし、それから30年近くが経過し、20年前に冷戦が終結したとき、北朝鮮との体制競争に勝利した韓国は約4500万人の人口を持つ民主主義工業国家として登場した。現在では、OECDだけでなく、G20のメンバーとして認められる先進国家であり、南北が統一すれば、約7000万人の人口を持つ地域大国が出現する。中国、ロシア、日本そして米国によって取り囲まれるという地政的な条件に変化はないが、それでも、南北統一は朝鮮半島に強力で安定した国家が誕生する新しい可能性を示唆している。事実、統一韓国の国力はヨーロッパのどの大国にも優るとも劣らないのである。今日、韓国との体制競争に敗北して、大量破壊兵器の開発に着手した「不安定かつ弱体化した」北朝鮮が、東アジアのシステム・レベルの安定を脅かしているのである。
 冷戦時代に、一部の日本人は共産主義勢力による朝鮮半島の統一を恐れて、それよりも分断状態が継続することを望んだ。また、今日でも、日本国内には、統一韓国でのナショナリズムの高揚を懸念し、韓国が北朝鮮の核開発を継続する可能性を指摘する声がある。韓国内にも、統一によって強大化する韓国の出現が脅威になるので、日本人は韓国統一に反対すると予想する者が少なくない。しかし、多くの専門家の見解はそれらとは異なる。冷戦時代とは異なって、中国やソ連が北朝鮮を支援して軍事的な統一を企図するとは考えられないし、南北間の力の均衡が大きく傾いたので、北朝鮮が自らの体制を韓国に強制できるとも考えない。また、民主主義体制と市場経済を共有する統一韓国の指導者が、あえて日本と敵対する道を選択するとも考えない。
 懸念されるのは、むしろ強力で安定した統一国家が誕生するまでの過渡期の問題、すなわち朝鮮統一が平和的に達成されない可能性であり、統一韓国がそのコスト負担に苦しむ可能性である。金正日総書記が「時間」という資源を使い尽くしたとき、われわれは大量破壊兵器を保有する敵対的な独裁政権の混乱や崩壊という前例のない難問に直面せざるをえなくなる。これが前者の可能性である。それを回避するためには、金正日の存命中に包括合意を達成して、非核化、平和保障体制、米朝・日朝国交正常化などを並行的に実現して、北朝鮮の体制変革、すなわち市場経済の導入を促進しなければならない。中断している6者会談を早急に再開して、2005年9月の6者共同声明に基づいて、6者間の非核化協議、直接当事者による安全保障協議、二国間交渉を促進することこそ、朝鮮半島の平和統一に到達する道である。そこから離れた統一方案が別途に存在するわけではない。
 包括合意が達成されれば、南北統一の実現はある程度まで段階的なものになるだろう。その場合に韓国が直面するのは、主として後者の可能性、すなわち統一コストの負担問題である。東ドイツの人口が西ドイツの四分の一以下であったことを考えれば、朝鮮統一のコストは、ドイツ統一よりもはるかに大きい。しかも、東ドイツが社会主義の優等生であったのに対して、北朝鮮は食糧も欠乏する劣等生である。韓国が単独でそれを負担するのはほとんど不可能だろう。したがって、北朝鮮の経済復興を軌道に乗せ、その市場経済化や韓国との経済統合を促進するためには、周辺諸国の協力が不可欠である。ドイツ統一がヨーロッパ統合のなかで進展したことを想起すれば、朝鮮統一もまた、日韓・中韓FTA、関税同盟その他の東アジアや太平洋の広域経済統合のなかで進展すべきである。その場合に、日本が演じることのできる役割は小さくない。

 

※この原稿は2009年12月に執筆したものです。