実施報告
【セミナー】

2009.06.24第一回「オバマ政権と米朝関係」(2009/6/24)

日 時2009年6月24日(水)
場 所慶應義塾大学三田キャンパス 南館地下4階 2B41

 

◆プログラム

報 告 李鍾元(立教大学法学部教授)
司 会 小此木政夫(現代韓国研究センター長)

 

立教大学の李鍾元教授を招き、「オバマ政権と米朝関係」と題して第一回定例セミナーを開催した。

李教授は、北朝鮮に対するオバマ政権の反応的、消極的な政策を「無視戦略」と定義し、その原因として次の4点を提示した。第一に、オバマ政権における北朝鮮問題がイラン核問題や経済問題よりその優先順位が低いことである。第二に、東アジア担当国務次官補の聴聞会が終わったばかりで司令塔がいるかどうかもよく分からない状況であり、対北朝鮮政策見直しの遅延により人選が遅れていることである。第三に、2回にわたりボズワースが提案した訪朝が挫折し「対話外交」が空振りに終わったことである。そして最後に、同盟国である日本と韓国の姿勢が強硬であることが挙げられた。

その一方で、オバマ政権の立場が強硬に見えるようになったいくつかの要素もあるのではないかという問題提起がなされた。李教授は、金正日総書記の健康不安と後継体制をめぐる動きに加え、北朝鮮が「核保有」への路線転換をしたとの認識が政府内に存在していることから、成り行きを見守る必要があるとの立場が政権発足直後から見られたことを指摘した。このような状況から、米国の政策はまだ整理はできていないように見え、一定の政策の形になっているのかどうかにについても検証する必要があると述べた。

米朝関係に関しては、まず、米国と韓国において金正日総書記の健康問題と関連して、「ポスト金正日」体制や「急変事態」に対する論議が広がっている点が挙げられた。他方、北朝鮮では米国の反応を遅延戦略と捉えて不信感を募らせている一方、金正日の健康不安の中で後継体制をめぐる動きや軍部強硬派の台頭がみられたと説明し、米朝関係が新しい局面に入っていると指摘した。

次に、米朝間の相互不信のミラーイメージとの観点から、「検証」をめぐる米朝間の攻防ついて説明がなされた。2008年4月8日の米朝シンガポール合意に従って6月26日に北朝鮮は申告書を提出し、冷却塔の爆破を行い、この措置に対する見返りとしてテロ支援国家指定解除を要請した。しかし、米国側は「検証」を解除の条件として一方的に付け加え、期限の8月11日までにテロ支援国家指定の解除を行わなかった。これに反発した北朝鮮は、8月26日に無能力化の中断声明を出し、10月3日にようやくヒル次官補が訪朝して「検証」について合意した結果、10月11日にテロ支援国家指定が解除される運びとなった。しかし、依然として「試料採取」(sampling)への「合意」をめぐって米朝が対立し、12月の第6回六者協議で合意に失敗したために「検証」問題は漂流してしまったのである。

李教授は、10月3日ヒル次官補が訪朝した際の李賛福との会談を取り上げ、軍部と初めての面会が行われた点を強調した。また、李教授は、ニクシュ(L. Niksch)による米議会調査局(CRS)報告書を引用し、この会談は「北朝鮮軍部リーダーの核問題への初めての公式関与」であり「李は、核交渉の進展の条件として、米朝の二国間の軍事会談を要求」したと指摘した。

次に、李教授は、北朝鮮の核問題をめぐって提起されつつある「核カード」から「核保有」(「核抑止力」)への方針転換という問題に触れ、マザー(M. Mazarr)の見解を引用しつつ、北朝鮮は核危機の初期から軍事的な側面である「核保有(抑止力)」と対米関係改善の側面である「核カード」の両面戦略を持っていたことを指摘した。すなわち、北朝鮮はブッシュ政権の後期に「核カード」の「戦略的決断」を示唆し、「検証」問題で出鼻をくじかれると、北朝鮮の内部不安により「核保有」に舵を切るようになったのである。このようなことから、李教授は、昨年以降少なくとも短期的には「核交渉」よりは「核保有」へと方向転換が行われたと分析した。そして、金正日総書記の「決断」による対日・対南・対米アプローチが挫折したことで北朝鮮が得たものはなく、関係改善が望めなくなったために当面は核抑止力の強化に注力し、核実験・ミサイル試射を通じてその完成度を高め、それを基に米朝間の直接軍事会談(核軍縮)を試みるのではないかと指摘した。

しかし、北朝鮮が核を保有する方向に舵を切ったとしても、そのプロセスは、北朝鮮の客観的な制約や能力的な限界を考慮すれば「段階的」にならざるを得ないことも付け加えられた。その理由として、国連安保理制裁後の北朝鮮外務省の声明(6月13日)がやや抑制的であったことが挙げられた。また、基本的には北朝鮮の「意図」では核を保有したいが「能力」の問題や対外的な制約を考えると、「意図」というものも十分変わる余地があるとの見解が述べられた。

つぎに、李教授は2009年6月出された米国CNAS (Center for a New American Security)の報告書 “No Illusions: Regaining the Strategic Initiative with North Korea”を紹介し、オバマ政権の対北朝鮮政策の輪郭について論じた。そして、同報告書が「交渉による解決も、軍事行動も、外部からの政権交代も、現実的でない」とアメリカの対北政策のジレンマを指摘し、当面とるべき現実的な政策として「戦略的管理」(strategic management)を提唱していることを指摘した。また、報告書の特徴について、米国のコミットメント弱体化しているという認識が広がることへの危惧が盛り込まれている点、および米中協力への期待感が表れている点から、「五者」は対北圧迫のみならず地域管理体制の色彩も強いと分析した。さらに、当面は核拡散(移転)の阻止に重点が置かれている点、対北外交交渉の具体的な内容は先送りされている点が指摘された。最後に、全体的に「解決」ではなく、「管理」と「対応」に重点を置き、難題の「先送り」と北朝鮮の「変化」を管理することを目指していると説明された。

次に、李教授は、オバマ政権の「本音」はどこにあるかと問題提起を行い、「管理」と「解決」のコスト・ベネフィットを基に決定されるとの見解を示した。しかし、その「管理」と「解決」はそれぞれ課題を含んでいると付け加えられた。

まず、「管理」の場合、北朝鮮の行動のエスカレーションを「管理」できるかという課題である。ミサイル試射や複数の核実験、局地的な軍事衝突があった場合など偶発的な衝突が連鎖した場合、「管理」は難しいのではないかという問題が提起された。さらに「管理」の名目で解決を先送りすることにより北朝鮮の核を事実上容認してしまうのではないかという「管理」そのものに対する問題点が挙げられた。さらに、北朝鮮の耐え抜き(muddle-through)戦略により核能力が増強した場合、「管理」の意味はどこにあるのかという疑問が生じる可能性があり、もし状況が長期化すれば「核保有国・北朝鮮」の実体化や強化が図られる恐れがあると付け加えられた。

他方、「解決」の課題として、対北朝鮮外交交渉の内容が不明確である点に触れ、解決のためには強制だけでは北朝鮮を交渉に引き戻すことはできない点を指摘し、「強制(圧力)とインセンティブとを結合したときに、もっとも有効的」であるとの見解が示された。そして、問題の焦点はどのようなインセンティブをどのような形で提供するかという中身であり、「核の放棄」を考えるにあたり「戦略的曖昧さ」の余地をどの程度、どういう段階で組み込んで考えるかが決定的なものになると締めくくった。

 

※センターによる整理

 

 

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