テーマ:「北朝鮮核問題と中朝関係」
報告:平岩俊司(静岡県立大学教授)
司会:小此木政夫(現代韓国研究センター長)
日時:2009年7月29日(水)
場所:慶應義塾大学三田キャンパス東館G-SEC Lab
静岡県立大学の平岩俊司教授を招き、「北朝鮮核問題と中朝関係」と題して、第二回定例セミナーを開催した。平岩教授は、まず、中朝関係について、2009年は中朝国交正常化60周年であり中朝友好の年でもあるため、中朝交流の活発化が図られている一方で、4月のミサイル発射と5月の核実験により緊張関係も高まっていると述べた。また、互いに相手の出方は分かっていてもコントロールができない状態にあり、信頼関係がない状態に対し中朝双方が辟易している関係にあると論じた。 また、平岩教授は、中国の立場について、北朝鮮に対してだけでなく国際社会に対してもメッセージを送り、やるべきこと実行しているという印象を与えているものの、国際社会と北朝鮮の間に立つことにより悩ましい立場に置かれていると指摘した。 さらに、中国が北朝鮮問題を対米関係の前提条件として扱っているという観点から、米中関係が決定する前には中朝関係は積極的に動かないだろうと分析した。そして、中国の影響力が弱まることとなったとこれまでの経緯を次のように説明した。03年以降、中国は北朝鮮核問題に対する姿勢を大きく転換して六者会議の議長国を務めてきたが、06年の核実験を契機として核問題をめぐる議論が米朝中心に転換した。そのため、北朝鮮関連の情報や影響力を確保している中国にとって、ブッシュ政権からオバマ新政権に代わるタイミングはチャンスであった。そして、平岩教授は、09年1月21~24日に王家瑞対外連絡部長が訪朝し、無償援助を約束したと伝えられたが、その際に金正日の健康問題を確認できたことは、中国の面子を立てる意味があったと付け加えた。 ミサイル発射問題を巡っては、北朝鮮は米国に対して3月18日に朝鮮中央通信を通じて人工衛星の発射を主張していた。すなわち、「宇宙進出を積極化している各国の動き」と発表し、北朝鮮は中国と同じことをしているに過ぎないと、巧妙に中国を巻き込んでその立場を主張したのであった。平岩教授は、北朝鮮は国際関係の中で中国との擬似的対等関係を作り上げ、対米関係に際してこのような中国との関係を利用していると指摘した。 また、平岩教授は、中国が北朝鮮だけでなく米国に対しても不満を持っていたことを明らかにした。3月9日に米韓大規模合同軍事演習(「キー・リゾルブ」)が開始したことをうけて、翌10日に武大偉は「われわれは、各国が北東アジア地域の平和・安定に役立つことを多く行うよう望んでいる」と発言し、米国が六者会談に複雑な要素を新たに加えていると指摘した。これについて、平岩教授は05年の共同声明で北朝鮮の核放棄に対する道筋が見え始めたにもかかわらず、米国の金融制裁により進展しなかったことに対する不満が示されたものであったと評した。 一方、温家宝は3月18日の温家宝‐金英逸会談において北朝鮮の六者協議への復帰を促し、また、胡錦濤は20日に開かれた胡錦濤‐金英逸会談の際に「関係各国が、存在する意見の食い違いを適切に解決し、六者会談が引き続き前進するよう推し進めていくこと希望する」との立場を表明するなど、中国は中朝関係を完全に破綻させない状況を維持していることも合わせて考える必要があると指摘した。 しかし、北朝鮮の態度に目を向けてみると、外務省代弁人は3月26日にミサイル発射問題が国連安保理で扱われた場合には六者協議を拒否する発言している。このような北朝鮮の態度について、平岩教授は、国連で北朝鮮のミサイル問題を扱わないことはありえないことから、北朝鮮の態度は中国の予想を上回る強硬姿勢であり、中国の限界が露呈する結果となったと評した。 4月5日に北朝鮮がミサイル発射を行うと、国連安保理はこれまでの安保理決議に違反していることを明確に指摘するなど、かなり厳しい内容の議長声明を採択した。平岩教授は、5日に中国外交部報道官が事前に北朝鮮側が試験通信衛星の打ち上げを中国側に通告したことを明らかにし、「関係各方面が冷静さと自制を保ち、これを適切に処理し、当該地域の平和と安定という大局をともに擁護するよう希望する」と述べていたことを挙げ、この発言と議長声明には大きなギャップがあることを指摘した。さらに、ミサイル発射実験以降、中国は国連決議の採択や六者会議の維持に積極的な姿勢をとりながらも、朝鮮人民軍海軍代表団の訪中や中朝政府間での科学技術協力委員会議定書調印を行うなど、中朝関係を冷却化させるような動きは見せてこなかった点も付け加えた。
2度目の核実験(5月25日)の際、中国外交部は「半島の非核化を実現し、核拡散に反対し、北東アジアの平和・安定を擁護することは中国政府の確固不動の一貫した立場である」と、断固たる反対の立場を表明し、北朝鮮に六者会談の軌道に再び戻るよう強く要求した。また、国際社会に対しては、北東アジア地域の平和・安定を擁護することは関係各方面の共通の利益に合致することを前提に協議と対話を通じて問題を平和的に解決するよう呼びかけた。さらに、船舶検査に対して慎重な姿勢をとったため決議案採択が遅れたものの、結局、6月13日に安保理決議1874号が採択された。その一方で、20日に米国がカンナム号の追跡を行った際には、中国外交部報道官は「貨物検査は、安保理決議、関連の国際法、国内法に基づき執行すべきであり、十分な証拠をつかみ、正当な理由を持っていなければならない」と述べている。このようなことから、平岩教授は中朝が一定の関係を維持していると指摘した。 また、平岩教授は、中国は、核実験をうけて米韓首脳会談(6月16日)で拡大抑止が唱えられたことに対して、中国が拡大抑止の対象になっているのではないかという微妙な立場をとっていると述べた。そして、中国の立場について、さらに北朝鮮が国際社会の対応に対して過剰に反応するならば、北朝鮮問題が複雑になるだけではなく、中国の立場にも影響を与えるのではないかと、悩ましい立場に置かれていると付け加えた。最後に、平岩教授は、米中戦略・経済対話においても北朝鮮問題の処理の行方が議論されることが予想される中で、今後、「国際社会と北朝鮮の間に立つ中国」と「中国を都合よく引き込もうとする北朝鮮」の間の関係が続きそうであると論じた。 質疑応答において、小此木政夫センター長は、中国は米国の政策が決まらないと積極的に動けないとの報告内容に対して、日本や韓国も同じ立場にあると指摘した。米国は、対北朝鮮政策の再検討が終わるまで北朝鮮を挑発しないようにと願い、クリントン国務長官はアジアソサエティでの演説で、北朝鮮が完全に検証可能な形で核兵器開発計画を放棄する用意があるならば、国交正常化を考慮に入れた包括的なアプローチまで考える意思があると伝えている。それにもかかわらず、北朝鮮はミサイルを発射し、核実験に乗り出したが、オバマ政権は前政権とは異なり、核実験を行っても米朝直接交渉に乗り出さない「無視戦略」をとっていると指摘した。そして、米国の対北朝鮮政策が決まった後、中国はどのように対応するのかとの問題提起を行った。 これに対し、平岩教授は、06年核実験後、米朝枠を設定したのは中国であったが、今回の核実験においてはそこまでは達していない状況を指摘し、その原因として米国の政策が決まっていない状況を挙げた。さらに、米中関係自体が悪化した場合どうなるかという疑問があると指摘した。中国が消極的な立場をとった理由としては、仮説として経済危機問題や国内の少数民族問題のために積極的な役割を果たすことが難しい状態にあったのではないかと述べた。
※センターによる整理